第2話「大どろぼうロビンと青い髪の少女 後編」







 白い煙が波のように広がり、広場を満たしていく。
 ロビンはお宝目がけて飛び出した。

「アニキ! しくんなよっ!」
 ヨーマンは人波を割って走るロビンを見送り、広場から脱出する。

 広場が白い煙に覆われ、人々の咳と、困惑と怒声が沸き上がっていく。

「おいっ!てめえら何してんだっ!!ガキ共を捕まえろ!!」
 歌姫の困惑(怒り)の声がマイクを通して拡散する。

「ああいうキャラなの!?」
「やったね!素の歌姫だッ!サイコー!」
 ファンは沸き立っている。

 ゴーグルを装着したロビンはスルスルと煙と人波の中を泳いでいく。
 緑色のジャンパー、花柄のエプロン、握られて血管の浮き出る拳。白色のブラウス、老人の杖。
 程なくして舞台の目の前。人ごみが開かれる――

 ステージ上。赤の首飾り――《アレハンドリアの遺産》。それは歌姫の胸元に。
 その歌姫を黒スーツの男の群れが防御壁となり囲んでいる。
 射程範囲だ。ロビンは足を止めた。

「君!」

 ある金髪のボディガードがロビンを発見した。

 黒いナックルダスターを填めた拳を向ける。製品名『ティンクルスター』照準付き。
 威力を抑え、対象の動きを制限する魔術道具。
 金髪はせめて一番痛みのない威力を選択した。対象までの距離はおよそ30m。

 バチリと電気が唸ると、一筋の雷光が大どろぼうに襲いかかった。

 だが、魔術はロビンにだって使えるものだ。
 星に満ちる魔力、己が内に溜めた魔力。それらが、使い手の命令、願い、もしくは欲望?
 それによって、形を自在に変える。
 ロビンは雷撃に右手を突き出す。

「“掴め”っ!!」

 それが、ロビンの欲望の表明だった。姿なき魔力に、この世界の形を与える呪文。
 衝撃に赤いスカーフが後方へ吹かれる。

 微弱な雷撃は、突如現れた"それ"によって防がれる。

 スーツの男は目を見開いた。見えたもの、そのままを口にした。
「『黄金の手』……!」

 ロビンの右手の前に出現した、大きな、金色に輝く右手。
 これこそ大どろぼうの切り札。相棒。
 ロビンの欲望の形、欲しいものを必ず手に入れるという、強大な欲の形だ。

 ボディガードはナックルダスターのグリップを握り、威力を3段階上げた。
(ネットを……!)
 男は拳の照準を向ける。

 ロビンは駆け出した。黄金の手はさっさと引っ込めた。子どもは俊敏だ。
 白い煙に紛れて見当たらない。
「子どもだ! カイィ族の子どもを捕まえろ!!」
 金髪は声を張り上げて情報共有する。煙の流れを追う。
 姿を探す。

「げぇっ!」

 同僚のうめき声が上がる。
「こ、このガキっ!! あぐっ!!」「糞った…アターッ!!」「うぐっ」「おばっ」
 ここにいるボディーガード達は、数多の経験を積んだプロ集団ではなかったのか?

(どこだ、いったい何を!?)
 金髪は間抜けな呻き声を辿る。その方向に子どもはいるはず。

「邪魔だっ!」
 否、標的から飛び込んできた。低身での突撃。ぶわっと煙が晴れた。
「っ」
 金髪は電撃の網を放つ。広がった網が、黄金の手ごと子どもを捕らえようとする。

「キャッチ!」

 しかし、巨大な手が網を上手く掴んで捕えてしまった。
 ロビンは毛を逆立てた。
「ビリビリしやがって!」
 黄金の手と感覚は共通しているらしい。

 ロビンは網をポイ、と前方へ投げ捨てた。
「ギャッ!」「馬鹿野郎っ!」その方向から複数のうめき声が上がる。
 ネットは味方のスーツたちを捕縛したようだ。金髪の男は奥歯を噛んだ。

「大人をからかうなよっ!」
 再度、雷撃を与えようと拳を向ける。時すでに遅し。
 眼前に迫る黄金の手。

「なっ――」
 それは人差し指を弾いた。いわゆるデコピン。
 衝撃。

 スパンっ!と音がして、金髪の屈強な男はぶっ飛んだ。
 広場の端の木箱が彼を受け止める。
「片づけ完了っ」
 ロビンは歌姫に目を向ける。煙の向こう、スーツの防御壁はガタガタだ。
 
 だが、もちろん、ロビンに向けられる侠客は彼で終わりではない。
 未だ残る白煙を、強風が掻っ攫った。

「逃げられねえぞっ!」

 声が降り注ぐ。ロビンは風の出所へ顔を向けた。
 中心広場そばに立つ、3階建ての商業ビルの上。
 スーツの青年がロビンを見下ろしている。
「いつの間に」
 ロビンはゴーグル越しの視界で見上げた。逆光の小さな人影。

 青年は両の手を上げ、振り下ろした。

 再度の強風。回る風の猛威。
 あまりのことに民衆は逃げ出した。コンサートのチラシが舞い散る。
 マイクが風の音を拾い轟音を放つ。倒れたままのボディーガードが、藻掻いてなんとかコードを抜いた。
「馬鹿が、こっちにやんじゃねえっ!!」
 歌姫が青年を罵倒している。

 ロビンは二本の足で大地を踏みしめ、飛ばされまいと踏ん張っている。所詮は子どもの体で、ともすれば吹っ飛んでしまいそうだった。
 お宝どころではない。まずはこの強風をどうにかしなければ。

「コノやろっ、"掴め"ーーっ!!」

 黄金の手が青空に飛んで行った。
 一階、二階、三階。そして屋上。
 
 青年は、目の前に現れた掌に目を丸くする。なんて大きさ。
(攻撃が来る)
 警棒を構える。

 しかし、この手は青年を叩くことも、殴ることもしなかった。
 ぐっと、そのまま、このビルのヘリを掴んだだけだった。
(だけ、なわけあるかっ!)
 青年はビルの下を見下ろした。

 小ちゃく見える、慌て惑う民衆とスーツたちのボロボロの防御陣形、怒り散らす赤髪の歌姫。
 そして、こちらへ飛び上がってくる黄色のジャケット。

 青年は退いた。
 "何か"が飛び上がったために生じた、上向きの風が青年の鼻を撫でた。
「はァ!?」

 その方向を見上げた。
 逆光を背負う"大どろぼう"。
 赤いスカーフの子どもだ。カイィ族の獣耳。ゴーグルをかけたニヤケ面。
 覗く白い歯。

 こいつは飛んできたのだ。
 黄金の手をフックにして、体をパチンコ玉のように吹っ飛ばして、この空を飛んだのだ。
 青年の頭が答えを導き出したとき既に、大きな掌のデコピンがすぐそばに迫っていた。
「テメエは――!!」

 一方そのころ歌姫は地上で怒りを募らせている。
 マイクのコードをぐいとひっぱり叩きつける。まるで鞭をしならせているようだ。

「あのガキは何モンだっ!」
「ロビンとか言うクソガキです。この一帯のボス猿で、派手な盗みをやるんです」
 そばのスーツが答えた。

 影が歌姫の頭上を過る。
「ああ!?」
 歌姫は天を仰ぎ、目を細める。
 だが、答えを探す必要はもうなかった。過ったものの正体が自らこちらに飛び込んできたのだから。

「"掴め"っ!」
 青空から黄金の手の急襲。狙うは歌姫の赤き首飾り。
 砂埃が舞う。

 歌姫は、マイクのコードで黄金の手を受け止めていた。

「ハァっ!?」
 今度はロビンがすっとんきょうな声を上げた。
 歌姫が両の手で張っているマイクのコードには魔力が満ちている。そのために黄金の手を受け止めた。
 先の金髪が用いていたナックルダスターと同じだ。魔術を有効に活用するための補助具。

「あたしをただの姫と思っただろう。こりゃあ、魔力がよく通るよう設計されてんのさ」
 マイクのコードと、黄金の手が競り合っている。
「でも、マイクって歌うためのもんじゃない……?」
「分かってねえな。これはあたしの武器なんだよっ!」
 歌姫はロビンを弾き飛ばした。

「ロビン!」
 マリアンは二階の窓から落ちかける。

 ロビンは空中で一回転して着地する。
「なにが歌姫だ!どっちかっつーと女王サマじゃん」
「ふん、よく言われる。どういう意味?」

 歌姫、もとい女王はコードの鞭をばしんと打ち付けた。
 波打つコードが不届き者に襲いかかる。毒牙をむき出しにした蛇が食いかかった。
「!」

 ロビンの右手を捕らえた。

 ぎゅん、と鞭が引かれる。とんでもない怪力。逃れられない。
 その軽い体重が仇となり、釣られた魚のごとく、釣り人の元に飛んでいく。

 歌姫は釣り上げたロビンの右腕を掴んだ。
 彼女はクククと笑った。ヴィランとしての貫禄があった。
「テメエ、この右手が悪さしてんだな……?」
 依然、コードの鞭はロビンの右腕を拘束する。
 歌姫は額をロビンの頭にごつんと付ける。その、生意気な黄金の目を覗き込んだ。

「さっきから、てめえのクソデカハンドはこのお子ちゃまおてての動きに連動していた。お前が手を張りだせば、金ぴかおてては飛んでいく。デコピンすりゃあ、一緒にデコピンだ」
 ロビンは目を開いた。感心、という顔だった。
「よく見てんなあ」

「ついでに、それは全部右手だった。左手は使ってない。使えないんだろ。つまり!今、お前は金ぴかちゃんを使えねえんだ」
 ロビンは笑みを消した。

 そして、片方の口角を上げる。
「……おれをどうする?」
「さあ、どうしようかな。あたしのしもべにしてやろうか」
「いつまで?」
「一生!」
「しもべって何すんの?」
「一日中、あたしの武器の練習台になるんだ。鹿狩りの鹿だ。きっと楽しいぞ!」
「それは困る。大どろぼう業が立ち行かねえ」
「なんだ大どろぼうって」
 その至近距離では、ロビンの左手の動きに気が付かない。
 
「イスカさん!!」
 スーツの男の声。イスカは"緋色の歌姫"の名前だった。
「様つけろ!」
「イスカ様!!っ後ろ!」
 歌姫は右を振り向く。誰もいない。左を振り向く。誰もいない。

「リトルハンド」
 ロビンは呟いた。

 黄金の左手。
 彼女の背後で、宙に浮く小さな手が首飾りの金具を解く。 
 ちゃり、と音がした。首飾りが、歌姫の首元を離れる。

「"掴め"」 
 ロビンは悪戯っぽくほくそ笑んだ。
 黄金の左手が歌姫の背から前方へ出現する。それは、首元から落ちる首飾りをぱしっと掴んで見せた。
「ああっ!?」

「やあ、現物はとんでもなくきれいだな」
 ロビンは目を輝かせた。浮遊する黄金の左手で、《アレハンドリアの遺産》を光に照らし様々な角度で見てみる。
「言ってろ」
 歌姫はロビンの右腕を握りしめる。そのままロビンを持ち上げた。痛みに顔をしかめる。

「この状況、どうあがいたって逃げられるわけねえ」
 ロビンはにやりと笑ってみせた。
「おれ一人じゃあ無理だな」

 そのとき、ばっと、子どもたちが歌姫の背後から飛び込んだ。
 スーツを撹乱するガキンチョ部隊。そして、ここにいるのはくすぐり部隊の女の子たちだ。
 少女たちは歌姫の脇腹を狙う――

「ちょっ、うわっ、なははははっ!!」

 歌姫はのたうち回った。
 腕を捕らえる力が緩まる。すかさずロビンは怪力の手から逃れ、ぴょんと地面に降りた。絡みついたコードをさっさと脱ぎ捨て、すぐさま距離を取る。
 ついでに、浮かして避難させた首飾りを己の手で掴みとった。

「やめっ、ひひひ、だははは!」
 歌姫は今日ほど裸足でステージに立ったことを後悔したことはなかった。
 くすぐりで悶えている歌姫を、追加部隊の子どもたちが器用にそのマイクのコードで拘束していく。

 歌姫を助けるべくスーツの男たちは駆けつけようとする。
 それは少数。そもそも、その大人数はさっきロビンが戦闘不能にしていた。
 残るスーツの男たちをガキンチョ部隊が攻撃していく。
「トリモチ爆弾!」「コショウメテオ!」「びっくら落とし穴だぜ!」
 大中小の子どもたち。その連携といえば凄まじいものがあった。

 大どろぼうにしてみれば、敵を倒すことが勝利条件ではない。獲物をゲットして、逃げ切ることがゴールなのだ。

「野郎ども、逃げるぞーーっ!!」
 ロビンは《アレハンドリアの遺産》を口に咥え、みんなに見せてやった。

「“掴め”!」
 向こうの表通り。ロビンはそのビルの広告を、黄金の手で掴んで飛び立った。
 背景に浮かび上がる黄色のジャケット。
 スーツの男たちは、いや、この空間にいた民衆全てが、小さな大どろぼうに目を奪われた。

「やっぱり、ロビンはすごいんだ!」
 マリアンは跳ねて喜んでいる。そばにいた叔母に抱きついて笑った。

 スーツの男たちは、トリモチをつけたまま、くしゃみを連発しながら、または落とし穴からなんとか這いずり出て、この黄色の大どろぼうを追っていく。
 子どもたちは笑って、蜘蛛の子を散らすように走って逃げていった。

「くそっ、コードを解けっ!!」
 ぼろぼろのスーツの男たちは、もたもたと歌姫の拘束を解こうと奮闘する。
 だが、子どもたちは嫌がらせが得意だった。どうにも訳の分からない縛り方をしている。

「あいつはあたしの下僕にすんだぞ!!それにヤバイっ、首飾りをなくしたら、アイツに怒られる……っ!!」
「ダメです、外せません。どうしてコードに魔力なんか通したんですか」
「武器にするためだっ!!」
 どこをどう見回しても、子どもたちの姿は見えない。
 動く余力のあるスーツの男はここで歌姫救出のために奮闘しているし、ロビンを追ったたかだか数人も、あの小悪魔を捕まえられるとは思えない。
 打つ手なし。

「大どろぼうロビンーーーーーっっっ!!!!!」

 す巻きの歌姫は大空に叫んだ。確かに今日、大どろぼうの名前は世界に響いたのだ。

     ◇

 街は夕暮れのオレンジ色で染まっていた。

 ロビンはパンが詰まった袋を抱え、ひとり帰路につく。
 ゲットした首飾りは手元にない。既にパンに変えてしまった。後は札束が少々。

 男たちの追跡から逃げ切った後、ロビンは大きな赤い宝石をじっくり見つめ、日の光に照らし眺め、そんなことをしているうちにあっという間に満足しきってしまったのだ。

 ロビンはガキンチョ盗賊団に、そして街の人々にパンを配った帰りだった。
 さっきはもっとたくさんのパンがあった。
(明日、明後日、明々後……一週間くらいはイケる)

 《アレハンドリアの遺産》は、町一番の換金所に託した。
 店主は首飾りを一目見るや否や、ロビンからこれを奪い取って急いで店の奥へ入っていった。
「おいっ!ちゃんと金寄越せよっ!!」
 店主は店の奥から、輪ゴムでまとめた札束をロビンに投げつけた。
「気ィ変わる前にとっとと行っちまえ!」
 ついでに、こう吐き捨てた。

「これじゃ全然足りねえぞっ!分かってっからな!!」
 ロビンは指摘した。
 店主はこれ見よがしに舌打ちをして、追加の札束をぶん投げた。一個、二個。暫くして三個目。
「ありがとう!」
 これで、ロビンはようやく店を出ていったのだ。

「こりゃ、とんでもねえぞ。これがありゃ、中央にも入れちまうかもしんねえ……」
 店の奥で店主は呟いたが、ロビンはもう店を離れていたから聞いていなかった。そもそも、ロビンはそんなことに興味はなかった。

 道に落ちた空き缶を蹴り飛ばす。小気味よい音を響かせて、路地の向こうに飛んで行った。
 上機嫌も上機嫌だった。今日はいい日だ。
 お宝を盗んだ日はなにがあろうと気分がいい。満たされた気持ちになる。
 あの歌姫のラブソングを口ずさみ、大股でバラック街へ続く裏路地を歩いていく。
「ふんふふふーん」

 路地は夕暮れを遮り、薄暗い。
 夕焼けのオレンジは影の色に混じっていく。
 冷たい風が吹いた。これから夜が来る証。ハーフパンツだけでは少々下半身が寒い。
 煙の中を走ったことだし、今日は熱々の湯で体を洗いたい。
 静かな日没、小道にすれ違う人はいない。

 大股は徐々に平時の大きさへ、ラブソングも解かれ消える。
 顔のゆるみが収まっていく。

 ロビンは背後に気配を感じている。
「……」
 足音はない。ただ、確実に誰かがいる。
 首飾り狙いのスーツの男?違う、彼らであればもっと濃い気配をしている。足音だってロビンの耳で感知できる。
 今感じているこの気配は、まるで幽霊のようだった。いるか、いないか曖昧なもの。
 ロビンは振り向く。

 闇が侵食する路地。誰もいない。
 そこにあるのは、内容物を噴いているゴミ箱と、黒く伸びる己の影だけだ。
 気のせい? 違う。確実に誰かがいた。

「パンが欲しいのか?」
 ロビンは誰にともなく言った。沈黙が返される。
 嫌な予感に耳がピリピリとする。
(今までにない感じだ) 

 逃走ルートを脳内で組み立てる。一か八か。
「っらあ!」
 ロビンはそのまま駆け出した。一個だけこぼれ落ちてしまったパンは置き去りにした。

 地面を跳ねるようにして蹴りつける。スタートダッシュは完璧。
 このまま裏路地でぐるぐると相手を撒いてしまえばいい。常套のやり方だ。しかし、
 すぐ近くに気配を感じる。それは、本当に背中の後ろに。

「うっ――!!」

 ロビンは呻いた。ひやりと、首に何かが触れたのだ。
 これは――手だ。真綿のように首を包む。
 急ブレーキで、振り向く。

「なっ……!」

 少女。

 そこには少女がいた。
 影に紛れる、闇の色をした肌。
 白色のワンピース。
 そして、なにより目を引いたのはその青く青くなびく髪だった。

 末恐ろしいものがあった。だが、ロビンはこう思ってしまった。
(……きれいだ)

 大きな空の瞳がこちらを見ている。

「……」
 彼女は黙っている。

 少女は裸足で、その足には砂の一つもついていない。なぜならその体は浮いていたからだ。
 人?
(人じゃねえだろ、どう見ても)
 次の行動が予想できず、ロビンは動くことができない。
「お前は、何だ?誰なんだ?」

 彼女はロビンの疑問に答えなかった。
 ただこう言った。

「どうか、お力を貸してください」

 少女はすうとロビンに向けて指をさす。そして、首の前で、線を引いた。

「何を――」
 その首からつうと赤い粒が零れる。


 ロビンは目の端に赤い血を見た。視線が落ちていく。ドンという音がした、と思う。
 マホガニー色で、厚底のお気に入りのブーツが目の前にある。

(あれ?どうして、おれは、おれの足を見ているんだ?)
 そこで、意識は途切れた。




 大どろぼうの首が、エンド・グラウンドの地面に転がっている。