『FATal Error』






 窓の向こうにたったひとつの白い月が見える。

「これは、君のための街なんだ」
 執務室の大きな窓から、この街の全貌が見渡せる。

「国籍のない者でも、だれでも受け入れることのできる街。君は困っているだろうと思ったんだ。私たちの住んでいた街は、隣国に侵入され、焼け野原になったから」
 片手を机の上に置く。

「あの、雪に閉ざされた街で……君は、私を助けてくれた。見返りなく。だから、ずっと何かを返したかったんだ。初めて、そう思えた。やりたいことができた。この街は、君への贈りものなんだよ」
「うるせえ、さっさと理由を言え。なんでダフネを殺した!」

「私はね、君の中のいちばんになりたいんだ」

 平然とした微笑みが、セドリックをグチャリと貫いた。
 こいつは何を言っている?

「与えるだけの聖人にはなれない。私はいちばん上にいたいんだ。だから、君の中の最上位が欲しかった。そして、私はそれを手に入れた」

「……俺が、テメエに何を抱いている」

 彼は嬉しそうに言った。
「君は、私をいちばんに憎んでいるじゃないか」

 ふざけるな。口を開くな。抱いているものなど何もない。俺の感情をどうしてお前が定められる。
 アルフレッドが容易く明かしたその答えで、ぐつぐつと煮えていた怒りの鍋は氷漬けになった。
 こいつは何を言っている。そんな言葉は全くのウソで、やはり青い目ん玉は真実を見通すらしかった。
 図星。

「君が傭兵時代のコネクションを掘り返して、“道具”を集めることに奔走しているのも、全部、私のためだ」
 机に体重を預け、一歩近づく。

「君がわざわざこの街のやり方でホテルを手に入れたのも、私のためだ」
 もう一歩近づく。アルフレッドは片手で口元を隠した。

「慣れない客商売や、情報屋じみた危険な仕事で金をかき集めているのも、全て、全て、全て私のためだ!」
 努めて口角が上がるのを抑えるが、余計にいびつな笑い顔になる。

「そうして君は牙を研ぎ、私を殺す機会を伺う。君は私から離れられない。私は、この日をずっと待っていた」
 息を吐き、喉を鳴らし笑う。
 机の前面で、そこに寄りかかる。
「この街を用意した甲斐もあった。あの子を殺めた甲斐もあった。何度も何度も、君の行く先々に戦場があるように、唆した甲斐があった」
 
 窓の外、月や星々、街の灯が逆光になっている。
 アルフレッドの顔に影がかかっている。それでも、その青い眼が翳ることなくよく見えて、セドリックのほうを向いていた。
「ああ、私は今、とても幸せだよ」