プロローグ:ビジョン・オブ・フューチャー
ある小説家の机に、ひとつの物語が眠っていた。
かなりの年季が入ったアパートで、狭苦しい部屋に置かれた机だった。これでもかというくらい固い引き出しを、両の手でどうにか引きずり出す。その中に隠されていたものだった。
これを見つけたのは、かつてのアパートの管理人、そのひ孫だった。
再びこのアパートを貸し出すべく、各部屋の状態を確認しているところだった。
部屋に入って、彼はまず窓を開けた。長く長く眠っていたアパートだったから、とにかく室内が埃臭い。
舞った埃を陽光が照らし、きらきらと輝いた。小さな窓から青空が見える。
アパートを丸ごと潰して、新しい建物を建ててもよかった。その方が格段に楽だったと思う。
それでも、曾祖父が残したアパートには、いつかの入居者の人生が蓄積されていて、彼はそれらを消してしまうのを忍びなく思ったのだった。
見つけたこの紙束も、いつかの誰かが残したものだ。
椅子に座る。
今更体は埃だらけだったから、真っ白なズボンがさらに真っ白になったところで、あんまり気にする必要はなかった。
発掘したばかりの、干からびた紙の束をめくる。
「……」
これは多分、物語だと思う。
少なくとも買い物のメモではない。日記でもない。報告書でもない。リアリティのない空想。ならば小説?
いや、小説というかたちには辿り着いていない。アイデアを綴ったメモの束、というべきか。
作者の名前は、ここに残されていない。
最後のページには、その一言だけが書いてある。もしかしたらタイトルかもしれない。下に下線が引いてある。
震える細い字。
『大どろぼうロビンと青天の七罪』