第5話「驚天動地」




「“ナナツミ”――」

 2kmほど離れた左後方で、爆炎が空を彩っている。
 大きな紫色の刃が、マルアハの針を破壊したのを見た。

 夢で出会った六人。
 同じ――ナナツミを授かったもの。アビリティという、規格外の力の持ち主。
(やつらだ)
 いったいどんな理由でここに来たのか。それこそ、世界を救うため? それとも、ロビンのように我欲を満たすためか。
 どちらでもいい。この戦場で、共に戦っていることは確かだ。壮快な気持ちで、ロビンは笑った。
 再び正面のマルアハに照準を合わせて、空を飛んだ。
「横取りされちゃ恰好つかねえよなあ――!!」

 ターゲットは未だ、街並みの向こうにいる。

「アアアア アアアア アアア――」

 針鼠のマルアハは吼える。
 胸部を張り出し、相応の重量のある両腕を持ち上げて広げた。秩序なく打ち立てられた針。
 残弾は残っているとでも言わんばかりだった。

「“掴め”っ!!」

 黄金の手が、空中で電線を掴んだ。
 拳を支点として弧を描き、ロビンは飛んだ。

 ロビン自身の手と、黄金の手の間は魔力で編んだケーブルで繋がっている。
 黄金の手はロビンが認識できる範囲まで、掴めると思ったところまで飛ばすことができた。
 1kmも先に手を飛ばすのは難しいが問題ない。2つの手でちょこまかと移動すれば、目的地へ飛んでいける。
 ロビンにとっては、街の構造物を使ってうんていをしているようなものだ。エンド・グラウンドの、建物がひしめき合ってごちゃごちゃとした街並みは有利に働く。

 ロビンは自分の体を空中に放っては、再び“手すり”を掴む。

「おーーい!! ネズミ、こっち見ろっ!!」

 ロビンは滑空しながら、黄金の手をぶんぶんと振った。
 針鼠のマルアハが、その大きな面を向けるそぶりはない。
 眼中にない。体長70m――あれからしたら、ロビンはノミ同然だ。

 注意を引きたい。攻撃されるエリアを、こちらで指定したい。
(輪っかを取るにしても、足場が必要だ。でかい足場)
 脳裏でエンド・グラウンドの地図を広げ、目ぼしい建物をマークする。

 ロビンは鉄塔の斜材が描く菱形に足から飛び込む。
 潜り抜けた先で、コンクリート造りのビルに着地した。
「よっ」

 針の数は有限だ。
 ある程度数が減ると、一度針の発射を止め、リロードのための時間を設ける。いつだか、エンド・グラウンドに駐留している兵士から聞いた。
(注意を引きつつ、針が止まるまで逃げる。まずどうすりゃこっち向くか……)
 毒虫の一刺しをくれてやる必要がある。攻撃を与え、脅威だと認識させるのだ。
 有効な攻撃方法はあるか? このアビリティを使って――

 アパート、商業ビル群の頭を走っては飛び、より高い建物に移りながら、マルアハを目指していく。
 マンションの屋上に飛び乗った。
 室外機の群れと、錆びた水タンクを置いてけぼりにして、走った。

 そして、建物の向こうに見た。
(来る)
 マルアハの体表から、煙が噴き出ている。
 
「ア ア ア ア  ア アア アアア」

 立ち並んだ針が、あらゆる方向へ飛んだ。

 ごうごうと轟音が鼓膜を叩き、獣耳が勝手に伏せた。
 円錐が風を突き刺し推進した。直線で描かれる白煙の軌道。ロビンの視界前方を針が埋めていた。今度は、紛れもなく爆撃範囲内。

「はっ!」
 ロビンはマンションを飛び降りる。即座に細い針が屋上に着弾したようで、爆風でスカーフがはためいた。
 路駐の車に着地。
 走る。すぐそこに、大通りがある。人の姿は、ここまで来れば見当たらない。
「“掴め”っ!」
 通りを横断している電線を掴み、ブランコの要領で、勢いをつけて飛び上がった。

 構造物を掴み、マルアハに対し西方向へ移動する。
 ロビンと、マルアハの間を黒ずんだ雑居ビルたちが遮っている。その隙間から、白色の体が見え隠れする。
「やべっ」
 ビルに穴が開いた。一個、二個三個、四個。次々と。
 ロビンは射程距離ギリギリ、高層ビルのネオン看板を掴んで、飛び上がった。
 地面に着弾した針が、光を放った――

 砂煙が舞い上がり、穴ぼこのビルが倒壊するのを、ロビンは空中で振り返って見ていた。
 安堵に息を吐く。だが、それは束の間。
 次の瞬間、掴んでいたネオン看板――それを支えるビルが倒壊する。ビルの真ん中を針が射貫いていた。
 爆発。
 
「うおおおおおおおお!?」
 支えを失い、落ちるネオンから手を放した。
 上方向のベクトルのままに、飛んだスリングショットの弾と同じように、ロビンは空中に投げられた。
 体を回転して、肉体の主導権を取り戻そうとする。

 だが、目まぐるしい視界で、ミサイルがこちらに迫っているのが見えた。

(コレだ――)

 毒虫の一刺し。
 そう思えば、この手が前に出ていた。

「“掴め”!!」
 黄金の手が、飛翔体を握る。
 あの赤色の宝石を盗んだように、ミサイルだって盗めるはずだ。どちらもモノであることに変わりはない。
 コイツの攻撃力はお墨付きだ、これしかない。欲しい。

『"大罪"と判断しうる巨大なエネルギー、その持ち者が『ナナツミ』を得るのです』

 針は今にも破裂しようとしている。
 内側で青色の魔力が暴れていた。握り込んだ指が弾かれてしまいそうだ。
 このまま針が爆発すれば、黄金の手は砕け、ケーブルで繋がっているロビンの手ごとおじゃんになる。
「でも“掴め”るっ!」

 無謀で、理の範疇にない、自分勝手なわがままこそ、ナナツミの力を最大限に引き出した。
 ロビンの手癖の悪さに、アビリティは従う。
 黄金の手はきらきらと――輝きを増す。
 所有権を上書きしていく。
 針を満たす青色の魔力が、黄金色に、浸食されていく。
 その白色の見た目すら、じわじわと黄色に塗り替えられていった。

 青色の抵抗は白旗を振った。

「おれんのだあっ!!」

 ロビンは戦利品を頭上に掲げる。針は、黄金の煌めきを撒き散らす。
 ずっしりと魔力が詰まっている。内からの抵抗は止んだ。
 お宝――終末生物の円錐。まっ黄色に染まったそれは、もう大どろぼうの持ち物だ。

 自分のものなら、どう扱おうが構わない。
「お返しっ!!」

 ロビンは、盗みあげた金色の針を、マルアハに向かって投擲した。
 大どろぼうの円錐は、ジグザグと無秩序な軌道を描き突進する。

「アア ア ア――」
 そして、マスクに宿る、青色の円がそれを捉えた。
 あれは何だ?

 ギラギラと輝く魔力。
 マルアハは、それが自分の針であったと気づかない。彼は、魔力エネルギーの探知で周囲を認識する。
 この魔力は――あの魔力の主は何だ?
 右腕を持ち上げるも遅い。しっぺ返しがすぐそこに来ていた。

 煙火が面の上で吼えた。
 着弾。
 巨躯がぐらりと動いた。
「ア、アアア、ア」
 着弾地点を右の手で覆った。背を丸める。

 ――天を仰ぐ。
「ア アアア ア ア ア アアアア アアアアアアア」

 マルアハは叫び声――悲鳴を上げた。耳を劈く轟音。
 身を揺らし悶える。まるで、痛がっているような様子。
 体を支えるため右手を地面に着く。

 マルアハの面の上で、青色の液体が伝っていた。

 ロビンは近場の足場に、辛うじて着地した。
 負けじと叫ぶ。

「おれはここだぞっ! やれるもんならやってみやがれえっ!!」

 相手の位置をマルアハは検索する。

 奇妙な、気味の悪い、ギラギラとした魔力——
 発見。
 よりにもよって、そいつは大きく手を振っていた。ご丁寧に、魔力エネルギーで編まれた手を。
 なぜ?
 だが、どんな理由だっていい。間違いなくあれは――
 脅威だ。

 マルアハはロビンの方へ、大きな面を向けた。

 真円の瞳。
 煙が残ったままの面。
 太陽に背を向け立つ、逆光の体躯で、尾を揺らしている。

 頭上の光輪が、太陽光をものともせず、煌々と照っていた。

 ロビンは仁王立ちで、マルアハの睨みを受け止める。
 毛が逆立ち、ゾクゾクした。これは恐怖か?
(面白え)

「アア ア ア アアアア アアアア」

 マルアハは体表に残る針を、2本3本と飛ばした。

 アドレナリンがロビンの脳みそを限界まで活性化させていた。
 スローモーションの視界。
 1本目。
 五本の指でしっかりと掴み、魔力を浸透。投げ飛ばす。
 そのまま次、2本目を左手で、すぐ現れた3本目を右手で捕らえた。
「“つ、かめ”ええ――!!」
 黄金色の円錐を、マルアハに打ち返した。

 この大きな図体で避けることはできない。マルアハは向かってくる針に対し、大きな右腕を持ち上げた。盾代わり。
 そこへ次々と、針が刺さって、爆発した。

 巨体が揺らぐ。
「アア アア アアア アアアア」

 青色のヒビが、マルアハの腕に刻まれている。傷口から、青色の液体が滴っている。
 右腕は、ブランと下げられていた。動かせない。

「アアアアアア アアアア アアア アアアアアアア」
 
 マルアハの咆哮を聞きながらロビンは着地した。工場の屋根の上でやつの様子を確認する。
 息を整えながら、目を凝らす。

 背を丸め、負傷した右腕を左手で覆っている。
 ドン、ドンと地鳴りがするのは、マルアハが大きな尾を地面に叩きつけているためだった。
 体表を覆う針は、複数回にわたる爆撃で数が減っていた。発射の予兆である白い煙は見えない。
(チャンスだ)
 ロビンは歯を噛み締めて笑ってみせる。
 心臓が、過度な魔力の使用で痛みを放っている。でも、笑えば何ともない。
 今のうちに高所に登って、あの輪っかを――

「――ンさん! ――ビンさん!!」

 ロビンの獣耳が呼ばれた方へ向いた。
 女の声。
 それから、クラクションがパーパー騒ぎ出す。

「あいつ――」
 前方を走っている水色の小型トラック。
 あの軽トラは逃げているのではない。マルアハの方へ向かっている。
 荷台で、見覚えのある女がこちらに手を振っていた。

「ロビンさん! ロビンさーん!!」

 細い目。薄紫のセミロング。四本の毛束。
「“嫉妬”!!」
 ロビンは屋根を飛び降りて、その荷台に飛び乗った。
 着地の衝撃で車体が弾む。
「うおっ」
 運転席の男が呻き、咥えていた煙草をゴムマットの上に落とした。トラックのリアガラスはスライド式で開いている。
 藍色の作業着、短髪の男。

「ありがとう、助かったっ!! 名前は?」
「ヒガンです。間に合ってよかった。運転してるのは“怠惰”さん」
「ジウだ。次は優しく乗ってくれ」
 彼は、足元の吸殻を踏んだ。

「二人は怪獣退治? さっき見えたぞ、あれはヒガンだな! 髪がアビリティなんだ!」
「ど、どうして分かったんですか?」
「おれ目ぇいいんだよ!」
 ヒガンの四本の髪束はニセモノだ。ロビンでいう黄金の手のようなものだから、違いは見分けられる。
「ジウは? ジウはどんな力?」
「足止めができる」
「完璧!」
 ロビンは太腿を叩いた。
 彼のスペルワードは“忘れろ”だった、とヒガンは思い出す。口には出さない。

「おれは輪っかを盗みに来た。ふたりの力を貸してほしい」
 ロビンは言った。

 地面がどん、どん、と鳴って、揺れた。

「もちろんです」「断る理由はない」
 二人は“大罪人”という割には、物分かりが良い。

「このままマルアハんとこに行ってくれ! あそこのビルに登る!」
 ロビンはリアウィンドウから体を突っ込み、ジウの横で指を差す。
 指の先の建造物、先史時代の名残――ホテル018だ。
 名前の通り18のフロアを持つ、40年ほど前に建築されたホテルである。その当時は、観光客で溢れかえっていた。
「あいよ」
 ジウは了承した。

「私たちは、動きを止めればいいんですね。ロビンさんの邪魔にならないように」
「ああ! 多分あいつ、殴られ慣れてない。ある程度ダメージを与えれば、しばらくのたうち回ってくれるぞ」
 ロビンは運転席から後方へ這いずり出た。現状、不思議に、マルアハが反撃にしてこない理由を、そう推論する。
 ああやって、動き出さずにどたばたと地面を鳴らしているのも、転んで癇癪を起こす子どもじみている。
「わかりました。それなら、できます。大丈夫」
 ヒガンは右手で胸元を軽く握って、言う。

「分かったが一つ」
 ジウが言う。
「お前が失敗したときは、こっちで片を付ける。盗む、盗まんは言ってられない」
 釘を刺す。
「いいよ。大どろぼうは失敗しないんだ!」
 ロビンは当たり前のように言った。1+1は2、りんごは赤い、それと同じ道理。
 ジウは無表情のまま心中で感心する。
「思わぬ大船を拾ったようだな」

 そのとき、マルアハは、空を仰ぎ咆哮した。
 ロビンは立ち上がる。ヒガンも、ガードのポールを掴んで様子を見やる。
 マルアハは、無傷の左腕を広げてみせた。体表で、白い煙が揺れている。

「針が」
 ヒガンは言った。目を細める。
 煙の下で、針がゆっくり、ゆっくりと伸びている。

「さすがに黙っちゃくれねえか」
 ロビンは支えもなく器用に立ったまま肩を伸ばす。それからぐるぐる腕を回した。
 心臓のあたりをぱんぱん、と右手で叩く。

 針が再生している以上、再びあれが飛んでくる可能性がある。標的はロビンだ。
「おれは逃げる! いいとこで上に飛ぶからさ。頑張れよ!」
 ロビンはリアウィンドウを軽く小突く。
 ジウは一度だけ振り返った。仏頂面で、黒い三白眼。
「期待してるぞ、“大どろぼう”」

「頑張って」
 ヒガンは、ロビンに向き合って言う。細い声だが、心配とエールを充分含んでいる。
「ん! ヒガンもな!」
 ロビンは、彼女の手を両手で握った。思ったよりも強い力だった。

「行ってくる!」

 輝きをまき散らす笑顔だった。
 ロビンは、手を飛ばし、頭上のゲートアーチを掴む。

「気を付けて!」

 ヒガンの言葉に、ロビンはゲートの上で手を振った。
 そのままトラックはマルアハへ向かい、走っていく。
 ロビンはアーチから、さらに次の建物へ飛んだ。針鼠のマルアハ――その頂上を見据えながら。