第22話「闇の中」

ロビンは目を開けた。真っ暗な空間。
足が地面につかない。浮遊しているようだ。
こうもあたりが真っ暗では上下左右も分からない。時折、泡のようなものが見える。
ロビンにはこの場所に覚えがあった。
「たましいの海だ」
イノセンスの、暗闇に映える青い光を思い出す。揺れる青い髪は見当たらない。
状況を思い返す。ロビンは整理した。
(大どろぼう、ウシのマルアハに飛び乗り“王冠”を盗み取ったり!)
そして、意識が落ちて、目が覚めたらここにいた。
思えば、“婦人”の天輪を盗ったときもここへ辿り着いたのかもしれない。
あれも、暗い海の底に似た場所だった。
なら、今回もマルアハの記憶が流れ込んでくるか? ロビンは耳を澄ませた。
——奇妙に静かだ。
「よお、いるんだろ!」
ロビンはあてもなく問いかけてみた。声がこだまする。
空間に響いて、しばらくすれば静寂が蘇った。
(どうしたもんかね)
ロビンは腕を組んだ。あぐらをかいたまま、戯れにぐるんと体を回転させて上下を反転させる。だがここには足を縛りつける地面はない。上下は規定されない。
ふわふわと空中を浮遊する。
いつだか、エンドグラウンドの子どもたちから聞いた“星の外”の話を思い出す。
重力がないという“星の外”もこれと同様だろうか、とロビンは夢想した。
(ちょっとした拷問だな。夢がねえ)
そのとき、ロビンの夢想の泡が弾けた。
視界の先で、青い光が集う。
ロビンは逆さまのままに目を開いた。
円を形成し、それは浮かび上がる。
『ィ——ュ——イィ——』
奇妙な高音を発した。どこか、ラジオのチューニング音に似ている。ロビンは耳を伏せる。
何度か鳴く。そして段々と無意味な音の羅列が法則を帯びていく。
そして、それはこう言った。
『こんにちは。“強欲”』
伏せていた耳を上げた。
ロビンは組んでいた足を解き、立ち上がる。
「……あんたが、ウシのマルアハか?」
『はい』
肯定した。聞き覚えのあるような声だ。だが、誰の声だったか。
どこか機械的で、感情がよく読み取れない。
「あんたと、お話しできる日が来るたあ思ってなかった」
『同意する』
マルアハはロビンと一対一で言葉を交わしている。見上げるだけの巨躯は消えて、今“彼”とロビンは同一の視線にあった。
マルアハは機械的な存在ではない。婦人のマルアハは上位存在を“慕って”いた。
ロビンへ最後憎まれ口もきいた。『滅びてしまえ、お前ら全員』
彼らには自我がある。
ロビンは宝の眠る遺跡に、足を踏み入れたような気分だった。
「なら、色々教えてくれよ」
『答えられるだけを答えましょう』
これも肯定の意味らしかった。
ジジ、という音の後に光輪が光を集める。
光は徐々に白い人型のシルエットを形成した。
概ね、成人男性のような背格好が浮かび上がる。短髪、ジャケットを羽織っている、多少姿勢の悪い長身。
「おい、それジウじゃん!」
『貴方のデータベース……記憶を拝借し、形を整えてみました』
「貸した覚えねえんだけど」
『私は今、貴方の支配下にいます。貴方のデータファイルの中に、私がいるのです』
「ううん?」
マルアハは思考の間を置いてから、改めて回答した。
『私は……貴方の所有する宝箱の中にいる。その中に収められた記憶という本を閲覧し、この風貌を形成しました』
ロビンはすんなり理解した。
「じゃ仕方ねえけど、荒らすなよ!」
そして、ロビンは寛容だった。
『貴方たちは、異なる種族と比べ、同一種族とのコミュニケーションをより容易に思う傾向があります』
いつの間にやら声色もジウのものになっている。
口調は彼のものではないから、なんだか調子が狂う。正直なところ、“彼”の気遣いは空回りしている。
『失礼』
マルアハは手を上方に掲げた。暗闇にテーブルと二つの椅子がずるりと現れる。
白い色をしたそれは、どこか細部がユニークだ。
テーブルは円形と正方形が混ざり合っているし、その中央には花瓶じみたものが生えている。椅子の足先はつんと針のように尖っていた。
『どうぞ。かけてください』
彼は理性的だ。
「婦人のヤツと雰囲気ゼンゼン違うな」
そう言いながらロビンは椅子にかけた。
ぐらりと揺れて、思わず椅子ごと倒れそうになる。足が揃っていない。ロビンはバランスをとりながら座る。
座れた。
“彼”が調節したようで、ここには微かながら慣れ親しんだ重力がある。
『我々は同種であるといえ別個体です。貴方たちもそうでしょう』
マルアハも動作を思い出すように、ゆっくりと尻を椅子の上に置いた。
「あんたら、何者なんだ?」
ロビンはテーブルに肘をつくと、早速本題に切り込んだ。
『……我々は、己の発生についての記憶を持ちません。誰が我々をつくったのか』
「婦人はソウゾウシュだとかなんだか言ったぜ。やつはそれに会いたがっていた」
ウシのマルアハは沈黙した。
『はい、我々には創造主がいる。しかし、それに関するデータを抹消されています』
「誰に?」
『分からない』
「お前、嘘ついてんじゃねえよな」
ロビンは鎌をかけた。
『我々は嘘をつくことができません。そのように設計されている』
つついたところで、彼の言いぶりに違和感はない。ただ、あるがままの情報をそのまま手渡しているような感覚だ。
(いっちょ踏み込むか)
「お前の創造主っていうのは、8体目のマルアハのことか」
『8体目』
ピンときていないようだ。ロビンは付け加えた。
「名をアスと言う」
人間のかたちをした者が、呼吸の模倣を停止した。
『アス』
相貌がなくとも、それが動揺を意味するのは明白だった。
「聞き覚えが?」
黄金を宿す目は彼を逃さない。
マルアハは口を閉ざした。
長い沈黙に身を浸す。
ロビンはマルアハを見つめる。
マルアハを形成する白い光が暗闇にぽっかりと浮いている。不思議に目は痛くない。夜空の白い月のようだ。
まさに、彼らは頭上の月と同じだ。手の届かない遠く、巨大な存在。
今は、手が届く。手が届く距離まで落ちてきた。
絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。
その体が揺れた。声を発する動作だ。
『アスとは、我々の創造主を指す名前です』
ロビンは身を乗り出した。
「じゃあ、8体目がお前たちを作ったんだな。そいつはどういうやつだ。どうして、どういう理由で?」
『データが消失している』
ロビンはわざとらしく項垂れた。
せっかくの宝箱を前にして、なかなか鍵が開かないような気持ちだ。頼みの綱の協力者は鍵を開ける方法を知らない。
「何か……なんでもいい、どんなしょうもないことでもいいんだぜ。何か覚えてないかよ?」
ロビンは白ののっぺらぼうを再び見つめた。
ジウの形は、猫背のまま顔を伏せる。
『……私は、データのサルベージを試行しました。記憶の、取るに足らない断片を辿っていけば、より大きな情報を復旧できると』
前髪が垂れた。
『幸いにも、使用頻度の高い言葉がメモリに残っていました。出力します』
マルアハは言った。
『わたし』『許さ、ない』『ごめん』『おやすみ』
『どうして』『おいで』『おまえ達』
『らくえん』
(こりゃあ)
ロビンは澄ました面の下で毒づいた。
薄寒いものを感じる。
正体不明が背後にいる。雲の上ではない、予想以上の近さ。
「そいつは、やけに、おれ達と良く似てる」
そうロビンは形容した。
『似ている』
マルアハは繰り返した。
「人間くせえっていうんだ」
『貴方はなにを“嗅ぎ取った”のですか』
「朝に食べる焼き立てのパンだとか、雨上がりの草原だとか、冷えた夜の匂いだよ」
ロビンは比喩を知らないマルアハの返答に乗りかかった。
『我々には感じない』
彼らの創造主は、機械的に再生された音声の向こう側のそのひとは、やけにこちらの側に近い。
無感情が、化け物が、「ごめん」と、「おやすみ」などと言うか?
「らくえん」を口にするか?
それは“こちら側”の持つものではないのか。
(もしかして)
ロビンは仮説を立てた。
マルアハ——彼らを、自分たちの側、つまり人間が作った可能性。
あまりにも馬鹿げている。そもそも、なんのために?なにがしたくて?
思考が砂の底へ沈んでいく。落ちた先は枝分かれの迷宮だ。歩く。歩く。
迷宮だ。
『朝に食べる焼き立てのパン、雨上がりの草原、冷えた夜』
マルアハは復唱した。ロビンは現実に引き戻される。
『アスは、その世界にいたのですか』
どこか、まだ物事を知らない子どものような質問だとロビンは思った。
「知らねえさ。お前の方が知ってんだろ」
マルアハは記憶の航路を辿っているようだ。
ロビンは頬をつき、彼を見据え待つ。
『……アスは、帰りたがっていた』
「どこに?」
『分からない……しかし、私は理解している』
ロビンは顔を上げた。
「何をだ」
ひとりのシルエットが頭をもたげる。
『かつての場所へ戻りたいという……それだ。位置座標も、アスの姿さえ忘れてしまったのに、確かにある、忘れられないものを……理解している』
白い人影が蜃気楼のように揺らぐ。
彼は言葉を見失って、黙りこくった。
ロビンは彼の言ったことを、スポンジに水が染みていくように感じた。ああ、これには馴染みがある。
こういった“人々”は、エンドグラウンドには腐るほどいる。ロビンを取り巻く街の人のほとんどがそうだ。
(よりにもよって。やつらをそうしたお前が“故郷”を語るかよ)
皮肉だと思った。怒りはない。それぞれの事情がある、それだけだ。
『何か、飲み物を飲みますか』
マルアハはこれ以上、話を掘り下げたくなかったらしい。
「オレンジジュースひとつ」
机からグラスがめりめりと現れる。そこから液体じみたものが湧き、グラスを満たした。
液体は白色に発光している。ロビンは迷いなく口をつけて喉を鳴らす。
「注文通り。昔、師匠がおれに飲ませたオレンジジュースだ」
“宝箱”の中の本をマルアハが参照した結果だ。ロビンはグラスを机の上に置いた。
「お前は、どうして人間を襲う。生存領域を襲う」
『我々は魔力の生成を目的とし、行動をプログラムされています。我々が稼働する魔力を、ヒトの魂から摂取している。ヒトの魂は魔力で形成されており、比較的容易に吸収できるのです』
ロビンは唇についた発光オレンジジュースを拭う。
「じゃあ、お前らの目的は何だ」
『生贄』
迷いなく、彼は言った。
空のグラス。
『我々は、己自身を他者へ捧げるために稼働している。魔力を吸収し、肥えた肉体を差し出します』
「……誰へ?」
問いながらも、ロビンには見当がついていた。
マルアハの、魔力で構成された心臓、肉体。
そして、ナナツミは魔力を吸収する。
『七つの大罪。貴方たちへ』
グラスがどろりと溶けた。
「目的は、おれたちか」
ロビンは笑い飛ばさなかった。
ふと、マルアハは溶けたグラスの残骸に気づく。
『失礼。おかわりをどうぞ』
「いい、十分だ」
形を崩したグラスは机に混じり、消えていく。
「アスはおれたちになにをさせたい」
『データが消失しています』
「だろうな……」
ロビンは眉間を抑えた。情報を整理する。
彼らは人間を滅ぼすことを目的としているのではない。ただ人間という肉を喰らい栄養を蓄えている。魔力を蓄えている。
なぜ魔力を蓄えるのか?
ナナツミに魔力を与えるためだ。
だが、イノセンスは確かこう言っていなかったか?『一つのナナツミにつき、マルアハ一体分の魔力が吸収されるのも、“それ”に対抗するためです』
8体目のマルアハに対抗するために、ナナツミは魔力を吸収するのではなかったか。
イノセンスの認識が間違っている? いや、ナナツミを作ったのはイノセンスだ。
彼女がマルアハ側に利用されている? ……それとも。
(ああ、考えたって無駄だな)
ロビンは捜査を打ち切った。
眉間を抑えていた手をパッと開き、顔を上げる。
「ひとつ、確かなことがあるぜ」
大どろぼうは言った。
『それは』
「その手には乗らねえってことさ」
ロビンは不揃いイスにもたれ、マルアハを見据えた。
「おれは、おれのしたいことだけをする。利用されるなんてもっての他だ」
『……』
マルアハにはロビンの発言の意味、必要性が分からなかった。
「お前だってそうだろ」
思いもよらない、己へ放たれた矢に彼は呆然とした。
『意味が分からない』
「お前は、生贄なんて役目押し付けられて嫌じゃねえのかって話さ。なんだ生贄って!」
『不快を覚えたことはない』
ジウの形をした男がそういうのだから、ロビンはおかしく思った。
だが、ジウの役目は、彼が選択したことだ。彼のしたいことだ。
この世に並べられた無数のカードのうち、彼が選び取った一枚だ。
この生き物はどうだろうか?『己自身を他者へ差し出すために稼働している』
彼らは取るカードを決められていた。
ロビンには耐えられない。首輪は邪魔だ。どこへだって駆けていきたい。
「案外、お前ら仕事以外のことができるかもしれねえぞ。やりたいことをすりゃあいいんだ」
『…………』
「お前、もう一回アスに会いたいんだろ」
この沈黙は肯定だ。
「なら、連れてってやる」
一ミリたりとも予測がつかない文字列に、彼は思わずこう言った。
『何』
硬直しているマルアハをよそに、ロビンは机の上にぱんと手を置く。
「さっきあんたジュースを奢ってくれたよな。なら今度はおれの番だ」
話題が転化した? マルアハは混乱している。
手を上に引き上げれば、グラスが形成されていく。
「お前は、何を飲みたい?」
ロビンはウシのマルアハへ言った。
彼の思考中枢はエラーを吐いている。
彼は己の思考に違和感を感じていた。真っ直ぐに結論が出てこない。あれと一緒だ。青輪を掴まれた“不快”と同一。
薄汚れた手で、秘めた心臓を掴まれたような嫌悪。
今はもう存在しない身体の、奥底からつめたい炎が湧き上がっている気がする。
(あの子どものデータベースを参照する。これは、「ふざけるな」ということだ)
『…………ロビン。大どろぼう、ロビン』
「コーヒーがいい?それとも紅茶」
マルアハは、椅子から降りた。
『会話を、終了する』
机と椅子はグラスごとどろりと溶ける。ロビンはバランスを崩すが、咄嗟に着地する。
「答えを聞いてねえぞ」
『必要ない』
「お前はそれで、いいんだな」
『ああ、私はお前の手に堕ちない』
白い手がロビンの腕を掴んだ。
『私を、奪われてたまるか』
婦人のマルアハの言葉を、彼女が最後に振るった剣をウシのマルアハは握った。
『これが私だ。この役目が、私のやりたいことだ』
シルエットが崩れ落ち、青い光の輪が現れた。変形し、ロビンの両手首を拘束する。
即席の拘束具が熱を帯びた。魔力を急速に集めている。
「自爆かっ!」
『共に堕ちろ』
青の手錠を揺すろうと力ずくで外れはしない。ロビンは歯を食いしばった。
「“掴”」
ロビンは自らの両隣を、何か薄寒いものが通るのを感じた。
バキ、と音がする。
ロビンはそれを見た。青の光輪にヒビが入っている。
マルアハは鳴き声も上げない。
(アス)
マルアハは暗闇に浮かぶ青色を思い出した。
この何もないたましいの海で、役目のために“我々”は地上へ放たれた。
遠く、遠く、遠くに暗闇を照らす青色が去っていく。
どうして「寂しそうな」顔をしているのか?
どこまでも、ずっとあれはこちらを見ていた。
(役目を果たせば私は帰る。我々が勤め上げたならば、あれだって、ようやく)
記憶が消えていく。忘れていく。“私”が、闇の中へ溶けて消えていく。
たましいの海を流れる魔力の流れを逆行して、覚えがある、覚えがあったあの“気味の悪い魔力”を感じた。
『————』
そして、彼は砕けた。
「マルアハ! おい!」
光が飛び散る。視界が奪われた。
ロビンは咄嗟に手を突きだす。忌々しくも両手はもう自由だ。
しかし、大どろぼうの手が掴めるものはなかった。彼は消え去った。
ロビンは目を強く瞑って、開いた。まだよく見えない。ぼやけた視界で目を凝らす。
どんなに探しても、暗闇には破片すら残っていない。
「クソッ……」
毒づく。
取り逃した、という苦々しさ。お宝、協力者その両方を失った。
沈黙の幕が降りていく。荒らされて、破壊された宝物庫を見ている気分。
彼は自壊した? 違う。あれは彼が望んだ行動ではない、と思う。
己を保つのが限界だったのか? 違う。ならば、さっき横を通り過ぎた薄寒いものは一体何だ?
誰が——
ロビンの獣耳が動いた。背後の気配。
「!」
即座に振り返る。
誰かがそこに立っている。何度も瞬きをする。多少はマシになった視界の先。
青色のジャケット、作業着、黒い短髪。瞳の小さい目。
珍しくタバコを持っていない、灰色のワークグローブ。
「ジウ」
「ああ。無事か」
なんでもないように本物のジウは、普段通りにそう言った。
「なんでここに?」
「ツテがあってな」
近づく。一歩、二歩。
つられて、ロビンも一歩後ろへ下がった。
なんだか、肌がひりつく。
様子がおかしい。何か、彼に緊張感がある。
「助かったぜ。危うくやられるところだったな」
ロビンは努めて普段通りの軽口を維持した。
「仕事のついでだ」
彼の目は闇を含んでいる。
「仕事?」
「ああ」
ジウは残り一歩を踏み込んだ。
そして射程距離。ロビンの顔を己の手で覆う。
「“忘れろ”」
◇
ロビンは目を開けた。
視界いっぱいに青空が広がっている。雲ひとつない快晴。
空に太陽が登っている。眩しくて目を細めた。
鳥が遠くで鳴いている。
突然、視界に紫の髪が飛び込んだ。
「ロビン!」
ヒガンだ。彼女はロビンの手を握っている。手汗の湿り気を感じた。
「よかった。起きてくれて、本当に」
彼女は感極まった様子で目をぎゅうとつむる。それから眉を八の字にしたまま、笑顔を見せた。
「ここ、どこだ……?」
手を握らせたまま、ロビンは起き上がった。
「マルアハが消えて、水も消えたんです。町は散々だけど……」
あたりを見回した。街を洗濯機の中に入れて、乾燥まで済ませたらこうなるだろうという光景だ。
ビルの群れが骸を晒している。オフィス街の面影はない。電線は絡み合い、道路には大きな亀裂が入っている。
水っ気が少しもないのがいっそ恐ろしい。地面についた手で砂を触ればカラカラだった。
ロビンは頭を振って、思考の霞を拭おうとする。
状況を思い返す。ロビンは整理した。
(大どろぼう、ウシのマルアハに飛び乗り“王冠”を盗み取ったり!)
そういえば彼がいない。あの水底に繋がれていた、一番の苦労人。
「ジウはどうなった?」
煙の匂いがした。
何故かヒヤリとする。ロビンはばっと振り返った。
「ここだ。大丈夫か?」
彼の影がロビンの上に落ちて、日を遮った。
「大丈夫。いやジウこそ、大丈夫かよ」
「ああ。とっくに無傷だ」
煙草を吸うための右手が、彼の口元を隠している。
ヒガンは名残惜しそうに小さな手を離す。ロビンは立ち上がる。
ズボンの砂をはらうロビンに、ジウは質問をした。
「何か、あいつから聞き出せたか」
ロビンは頭を絞る。そして、悔しげに大きく首をかしげた。
「クソ。ああ、何も思い出せねえ」
「そうか。そりゃあ、残念だ」
ジウは煙を吐き出した。息を吐いたようだった。
(あいつは何か大事なことを言っていた気がする……)
ロビンは頭上を見上げた。
残るマルアハは4体。
青空が広がっている。